エピソード(3) 優雅な破産者

はじめてその夫婦が私の事務所に現れたとき、私は2人が何も言わないうちに、その様子から大体の察しがついたほどだった。

夫婦
自己破産の手続きをお願いしたいんですが。

ほら、きなすった。

ここはひとつ慎重に考える必要がある。前述の先生が独立にあたって授けてくれたアドバイスのひとつ、「いい客筋をつかめ」という言葉が私の頭をよぎっていた。けれど実を言って、その時私は何しろ暇だった。自己破産には興味がある。何より勉強にもなる。それならここはひとつやってみようじゃないか。

共に60歳を過ぎたその夫婦は、これまでずっと2人で肉体労働をして生計を立ててきた。3年ほど前、相次いでリストラにあい、数か月前からは、ついに生活保護を受けるに至った。夫の方は、工事現場での怪我がもとで持病を抱えるようになり、障害者手帳を持っている。その持病のせいで、私と話をしている最中にも頻繁にトイレに立った。

彼らはいずれも、テレビ等で大々的に宣伝している5・6社から、あわせて300万円借りていた。とっくに毎月の返済も滞っていて利息は膨らむ一方であり、最近になって各社からの返済の催促も頻繁になってきたため、自己破産を思い至ったのだという。

それなりに勉強してきたらしく、破産した後の様々な制約についても良く知っていて何も問題は無いと言う。また、ありがたいことに、自己破産手続きを頼んだ場合にかかる費用についても、どこかで聞いたらしく、私がかなり希望的に提示した金額を、前金としてその場できっちり払ってくれたのである。

結論から言おう。これは自己破産をいろいろな意味で割の良い仕事だと勘違いしてしまいそうな依頼だった。手続きはトントン拍子に進み、半年もしないうちに、裁判所から自己破産及び免責を認める旨の通知を受け取った。金を借りている相手に恵まれたことや、依頼人の年齢的、身体的なことが勝因だったと思われる。

ところで、私が裁判所の温情に感謝している側で、私の妻は恐ろしいことを指摘しだした。裁判所に提出した書類の中の、出費を細かく記載したページに目を止めていた妻は

  • うちより高級なトイレットペーパーを使っている
  • 二人暮らしなのに三人家族のうちよりお米代がかかっている
  • 歯磨き粉の減りが異常に早い
  • 何で外食費や電話代にこんなに掛けられるの?

しまいには、、、

  • 県営住宅の家賃が月3万円で、何でうちより広いのよ!!

と怒り出す始末である。

もし自分が裁判所の担当官だったら、絶対に破産は認めないと言うのである。私は、その場にへたり込みそうになった。言っておくが、既に自己破産は認められているのだ。今更自分の仕事の内容を不安に思ったわけではない。私は我が家の家計が自己破産を認められた家のそれより惨めな状態にあることを知って、ショックを受けたのである。

そんな私のショックを知る由もなく自己破産を認める通知を受け取って数日して、2人が事務所にやってきた。

おいおい、彼らがあの夫婦か?

夫の方はスーツを着込んでいる。奥さんの方は、恐らくここに美容院から直行してきたに違いない。もしはじめて事務所に現れた彼等がこんな風な様子だったら、私は恐らく遺言書作成の依頼と勘違いしただろう。彼等は本当に私の妻が言うようにただの浪費家だったのだろうか?

けれども私は思った。それでも良いじゃないか。

どうだい2人のこの晴れ晴れとした顔。2人ともこの年まで一生懸命働いてきたのである。それにこうして菓子折り下げて来てくれたではないか。電話で礼を言ってくる依頼人はいるが、ほとんどが仕事が終わればそれっきり、こんな風にわざわざ訪ねて感謝してくれる依頼人など、そうそういるものではない。

「良い客筋をつかめ」

それは案外「人を見かけで判断するな」ということなのかもしれない。私はまた一つ大切なことを教えられた気がする。

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