エピソード(1) 慰謝料は5億円

慰謝料

静かにノックが聞こえ、滑り込むように事務所に入ってきたその依頼人は、高島礼子似の美人だった。

依頼人
あの、こちらで契約書作っていただけますか?
司法書士
お作りしますよ。法に触れない内容のものだったら、どんなものでも。

依頼人はにっこりと微笑むと、勧めた椅子に腰掛け早速話を始めたのだった。彼女の35歳の夫は結婚以来浮気を繰り返し、ばれる度に立派な反省の弁を述べるが、大人しくしているのはほんの数ヶ月という誠に羨ましい(オット)誠に嘆かわしい男である。さて、旦那、また浮気がばれた。奥さんが雇った興信所に証拠もバッチリ取られている。

今度という今度は絶対に許せない。けれども、奥さんには今どうしても離婚できない事情があった。最愛の一人息子が来年小学校の受験を控えていて、面接では両親が揃っている必要があるのだという。

依頼人
私、面接では最高に仲の良い夫婦を演じて見せます。

彼女は私にきっぱり言った。

司法書士
・・・で、どんな契約書をご依頼ですか?
依頼人
今度浮気をしたら、離婚する。その際には、私に対する慰謝料として現金え5億円支払うこと。息子は成人するまでの養育費として、月50万円支払うこと。そういう内容の契約書を作ってください。
司法書士
できもしない契約は全く意味を成しませんよ。

すると、彼女は大きく息を吸い込み、重大な秘密を漏らすかのように言い放った。

依頼人
あるんです。お金。現金と株、それに不動産。併せて10億円

ご主人は会社でも経営しているかと聞けば、役職にはあるがサラリーマンだと言う。35歳の若さで妻から当然のように5億円の慰謝料を請求される男。

一体何者だろう。私は少々この夫婦を恐ろしく感じながらも彼女が気が済むように契約書を作成した。その間彼女は、契約書に署名してくれる立会人二人を見つけていた。後日、出来上がった書類を取りに来た彼女に私は言った。

司法書士
くどいようですが、この書類はあくまでもご主人の署名、捺印が無ければ、法的効力はありませんよ。
依頼人
いいんです。解っています。

私は去っていく彼女の後姿に「幸あれ」と呟いた。

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